敦賀の歴史年譜

区分 西暦 和暦 出来事

文 
BC10000〜2000  鳥浜貝塚 縄草創期〜前期(13000〜5500前)発掘
櫛川鉢谷遺跡・木崎山南斜面遺跡発掘

一世紀 吉河(よしこ)遺跡で稲作が始まる。
四世紀 小谷ケ洞1.2号墳、明神1.3号できる。
神功皇后の三韓征伐

伊奢沙別命(笥飯神)は神代より此の地に鎮まり給うた。
ツヌガアラシト加羅国(任那)より渡来。
五世紀 立洞二号墳、向出山1.2号墳できる。
継体天皇、越の国(三国)よりヤマト王朝に迎えられる。
六世紀 明神山9号墳、向出山3.4号墳、山ノ上1号墳できる。
櫛川遺跡で製塩跡。

571 欽明31 高句麗の使いがコシ(越)に来着。ヤマト国家が越の国に関心を持ち始める。
589 崇峻2 阿部臣が北陸道に派遣される。
667 天智6 都を大津に移す。この年から後に日本三関の一つ愛発関が設置される。
691 持統6 越前国が『日本書紀』に初めて見える。
701 大宝元 大宝律令が制定される。律令制の地方行政区画として角鹿郡が置かれる。

710 和銅3 平城京に遷都する。
713 6 角鹿郡を敦賀郡と改める。
716 霊亀2 藤原武智麻呂が気比神宮寺を建立すると伝える。
727 神亀4 渤海国との国交が開かれる。
731 天平3 我国に初めて気比神が従三位の神格を授けられる。
736 3 最澄大師が誓法山金前寺を建立したと伝える。
758 宝字2 渤海使が越前に来着する。
764 恵美押勝の乱が起こり、恵美押勝の軍と物部広成の軍と愛発関で戦う。
789 延暦8 愛発関が廃止される。

794 延暦13 平安京に遷都する。
823 弘仁14 敦賀郡が分けられ今立郡が成立する。
829 承和6 気比社に遣唐使の無事帰着を祈願する。
871 貞観13 越前の百姓、国司弘宗法の非法を訴える。
893 寛平5 この年までに気比大神が正一位勲一等に叙せられる。
927 延長5 延喜式神明帳がまとめられる。神明帳に記載された神社を式内社とする。
929 7 この年を最後に渤海使がやむ
996 長徳2 紫式部が越前に下る。
1060 康平3 宋人林表・俊改が敦賀に来航する。その後、宋人たびたび来航。
1104 長治元 気比社神人が国司の非法を訴え、陽明門に群集する。
1150 久安6 平重盛敦賀・琵琶湖運河開発を計画したと伝えられる。
1182 寿永元 木曽義仲が敦賀郡を占拠する。
1184 元暦元 源頼朝が比企朝宗を越前の勧農使に任ず。


1192 建久3 源頼朝が征夷大将軍に任ぜられる。
1221 承久3 承久の乱起こる。島津(惟宗)忠久が越前守護になる。
1281 弘安4 蒙古襲来により気比社に奉幣される。
1301 正安4 遊行上人他阿真教が敦賀に来る。(砂持ち神事の始まり)
1324 正中4 大地震により気比社諸殿が倒壊する。
1331 元安元 後醍醐天皇が気比社造営料に敦賀升米をあてる。



1336 延元元 (建武3)新田義貞、桓良、尊良親王が敦賀に入る。足利尊氏が幕府を開く。
1337 2 (建武4)足利軍に攻められ金ヶ崎城が落城する。
1338 3 (建武5)新田義貞が斯波高常と戦って越前藤島で戦死する。
1349 正平5 斯波高常にかわって細川頼春が越前守護になる。
1338 5 (応安元)良如が西福寺を建立する。
1390 元中7 後円融天皇の院宣により西福寺が勅願寺となる。


1467 応仁元 応仁の乱が始まる。
1471 文明3 朝倉孝景が越前守護となる。朝倉景冬が敦賀郡司となる。
1501 文亀元 朝倉氏が川舟座の公事銭等の座法を定める。
1503 3 朝倉教景が敦賀郡司となる。
1511 永正8 庄の橋の造営料とおして寺庵に十分の一の税を課す。
1528 享禄9 遊行第25世他阿仏天が新善光寺退隠する。
1531 天文元 朝倉氏が近江屋の入買いを禁止する。
1538 7 海賊が手浦を襲撃し、刀祢が戦死すr。
1557 弘治3 気比社が始め民家100戸焼失する。
1566 若狭にいた足利義昭が敦賀に入り、翌年一乗谷に向かう。
1568 11 織田信長が足利義昭を奉じ上洛する。




1570 元亀元 織田信長が天筒山・金ヶ崎城の朝倉軍を攻め、落城させる。
浅井長政の裏切りにより京に撤退する。
 
1573 天正元 織田信長に攻められ、朝倉氏滅亡。(刀根坂の戦い)
1575 3 織田信長が一向一揆勢攻めのため敦賀に着陣。(木の芽山地の戦い)
1582 10 本能寺の変が起り、織田信長が自害する。
1583 11 賎ケ岳の戦い 柴田勝家自害する。蜂屋頼隆が敦賀の領主となる
1589 17 大谷吉継が敦賀の領主になる。
1591 19 文禄の役が起こり、敦賀郡内からも朝鮮出兵の水主が徴用される。
1593 文禄2 西福寺阿弥陀堂を一乗谷から移築したと伝える。
1597 慶長2 慶長の役が起こる。大谷吉継が「朝鮮鐘」を持ち帰えったと伝える。。常宮神社蔵。
大谷吉継が敦賀郡の塩年貢改めを行う
1598 3 豊臣秀吉が死去する。敦賀郡で太閤検地が行われる。
1600 5 ヶ原の戦い大谷吉継自刃
徳川家康が結城秀康に越前国を宛行う。

1602 7 結城秀康が常宮神社を再建する。宿駅伝馬制度を定める。
1603 8 江戸幕府開く。結城秀康が気比社、西福寺、天満神社などに寺社領を寄進する。
1613 18 京都所司代板倉勝重が山中村に往還荷物の掟書を出す。
1615 元和元 一国一城令が発せられ、翌年敦賀城が破却される。
1623 9 松平忠直の配流が決定する。
敦賀馬借座の数が決まる。
1615 寛永元 松平光長が越後高田に移付され、敦賀郡は幕領代官島田成重が支配する。
小浜藩主京極忠高が敦賀郡を加増される。
1633 10 幕府巡見使が敦賀に来る。
1633 11 小浜藩主酒井忠勝が茶町、池子町の町立て、今橋の架橋を命じる。
1635 12 酒井忠勝が領内のキリシタン改めを命じる。
1639 16 鎖国が完成する。
1640 17 小浜藩が領内の人口を調査する。
1642 19 酒井忠勝が気比社の祭礼を見物する。
大凶作・敦賀大火。
1645 正保2 気比社の大鳥居が建てられる。
1656 明歴2 立石浦が酒井忠勝を祭る国守大明神を創建する。
1659 万治2 小浜藩が領内各村に年貢・小物成の書き上げを命ずる。
1661 寛文元 大津・敦賀・小浜の町人が西廻り航路普請の中止を訴える。
小浜藩が柴田権右衛門に市野々新田開発を許可する。
1662 2 近江国高島郡で大地震、敦賀にも被害。
1663 3 小浜藩が領内の人口調査を行う。
1664 4 敦賀に茶仲が成立する。
1665 5 打宅宗貞の妻清月院が亡夫の供養のために時の鐘を鋳造する。
1687 7 敦賀郡中が幕府巡見使に西廻り航路の差止めを願う。
1688 8 酒井忠直が酒井忠国に一万石を分地し、加地山藩が成立する。
1671 11 敦賀町升などの升が江戸升に改められる。
1672 12 河村瑞賢が西廻り航路を改良する。
1675 延宝3 小浜藩が領内の寺社改めを行う。
1682 天和2 酒井忠稠に一万石、、酒井忠垠に三千石分地し、鞠山藩と旗本井川領が成立。
1684 貞享元 鞠山藩、井川領の村付けがなされる。
1687 貞享4 鞠山に陣屋が造られる。
1689 元禄2 松尾芭蕉敦賀に来る。
1690 3 池見新田の検地が始まる。
1694 7 川向御所辻子町より出火、365戸焼失、大洪水。
1695 8 敦賀町の火消役制を定める。
1697 10 津山城受け取りのため、敦賀町に調達金が課せられる。
1700 13 加地山藩が野坂稜10ケ村の検地を行う。この年までに刀祢村、杉箸村で石灰焼が行なわれる。
1701 14 川向町から出火、180軒焼く。大洪水となる。
1702 15 生類憐みの令につき村役人より請書をとる。
1708 宝永5 黒河山山論が江戸にて栽許される。
1709 6 郡内の人口調査を行う。
1716 享保元 享保の改革が始まる。
1721 6 全国一斉に人口調査が行なわれる。
1724 9 今橋が架け替えられ土橋となる。
1727 12 郡奉行が廃止され、代官一人制となる。50年来の大雪となる。
1742 寛保2 浮買座が廃止される。
1752 宝暦2 泉村で石灰の生産が始まる。
1757 7 井川領11ケ村の分郷が行なわれる。
1759 9 鞠山藩領24ケ村の分郷l
幸若屋敷が若狭街道沿いに移る
1762 12 大雪、一丈六尺余りとなる。
1770 明和7 敦賀郡の百姓が調達金に反対し強訴する。町奉行ら更迭。
1773 安永2 敦賀町大洪水。
1783 天明3 馬借騒動起こる。大洪水。小浜藩が大凶作のため敦賀の津留めを行う。
1784 4 百姓一揆が起り、米商人が打ちこわしにあう。
1787 7 寛政の改革が始まる。
1793 寛政5 幕府も小浜藩にも海防の手当てを命じる。
1798 10 幕府が小浜藩札の発行を許可する。
1803 享和3 お茶屋が御陣屋と改称される。
1806 文化3 伊能忠敬が敦賀を測量する。
1807 4 敦賀町に倹約令が出る。大洪水。
1809 6 金ケ辻子より出火、125軒焼失。大波浪により大比田浦の塩田流失。
1813 10 小浜藩が領内に二万両の冥加金を課す。
1816 14 敦賀と疋田間の舟川開通する。
1818 文政元 舟川の完成により馬借座が廃止される。
1822 5 小浜藩が石灰の他国販売を許可する。
1824 7 敦賀の細工昆布仲間の結成が許可される。
1825 8 異国船打払い令が出る。
1826 9 勝山藩が野坂領に取締方を二名置く。
1827 10 小浜藩が敦賀領に米手形会所を設ける。
1828 11 疋田村が駄口村との入会山について代官所へ強訴する。
1830 天保元 大地震
1832 3 小浜藩が日光普請手伝いを命ぜられ、敦賀に調達金を課す。
1833 4 天保の飢饉が起る。敦賀の富商らによって本勝寺で芋施行が行なわれる。
舟川が廃止され、馬借座が復活する。
1835 6 井川領が再び小浜藩預かりとなる。
1836 7 津留めが行なわれる。富商らによって長遠寺で芋施行が行なわれる。
1837 8 幸浜町より出火、660余棟が焼失。小浜藩が調達金の勝手融通方を設ける。
1838 9 天保の改革が始まる。
1842 13 敦賀町に倹約令が出る。
1845 弘化2 敦賀町洪水。
1848 嘉永元 敦賀で大砲の銑玉鋳造が始まる。
1851 4 酒井内匠介が海防のため領内を巡視する。
1852 5 小浜藩が敦賀郡に調達金6000両を課す。
1854 安政元 酒井忠義が敦賀の台場を巡視する。松原で大砲の練習をする。
1856 3 小浜藩が郡内の梵鐘の調査をする。小浜藩が松原で軍事教練を行う。
1858 5 コレラ病が流行する。
1859 6 神奈川・長崎・函館を開港する。
1862 文久2 敦賀に函館物産会所が設置される。茶町に本格的な台場が築かれる。
1863 3 小浜藩に農兵制がしかれる。
1864 元治元 敦賀の米手形会所が閉鎖される。
水戸天狗党が加賀藩に降伏する。
1865 慶応元 水戸の天狗党が来迎寺野で処刑される。
小浜藩が軍用金一万両を領内に課す。
1867 加賀藩敦賀・琵琶湖運河開発のため本格的な調査を開始。
イギリス船が常宮浦に停泊する。
1867 3 イギリス公使パークスが敦賀に来る。大政奉還。王政復古。

1868 明治 鳥羽伏見の戦い。小浜藩の職制を改める。北陸道鎮撫使高倉永佑・四条隆平敦賀に入る。改元、明治維新となる。
1869 版籍奉還、小浜藩・加知山藩・敦賀藩が置かれる。
1870
敦賀藩を鞠山藩と改称する。鞠山藩を小浜藩に合併。本保藩が置かれる。
1871 戸籍区が改変され、敦賀郡は第16区から第21区の6区となる。廃藩置県。小浜藩は小浜県、加知山藩は加知山県、となる。小浜・加知山・本保の各県が廃され、敦賀県となる。
1872 敦賀に二等郵便役所を設置。学制の発布。本勝寺に敦賀最初の小学校、第17区小学が創立する。
太陰暦を太陽暦に改める
1873 徴兵令公布。敦賀県、足羽郡を合併。大区、小区が改められ、敦賀郡は5大区となる。敦賀県庁舎、永建寺に移る。
地租改正条例公布
1875 8 松原神社の称号を許可される。
1876 敦賀郡は廃しされ、敦賀郡は滋賀県の管轄となる。
敦賀街道阿曽トンネルが完成。県内初のトンネル
1878 11 明治天皇、北陸をご巡幸。電信開通する
1879
12 第一回県会大津で開く、郡制が施行され、敦賀郡となる。
1881 14 越前・若狭の二国をもって福井県が成立する。
1882 15 敦賀線営業開始。(敦賀港駅〜長浜駅)嶺南の県会議員、元老院へ復県建言書提出する
1883 16 敦賀郡役所庁舎を富貴町に新築、移転。
1884 17 連合町村制により、敦賀郡は九つの連合町村となる。
1886 19 コレラ発生、死者174人に達す。敦賀郡漁業組合が誕生する。
1887 20 万象閣完成する。敦賀商法会議所設立する。
1888 21 市制、町村制公布、敦賀商工会を組織する。
1889 22 町村制施行。敦賀町発足。敦賀郡は一町六村となる。
1890 23 米騒動起る。府県制・郡制公布
1891 24 郡制施行。一郡一町六村体制の確立。
1894 27 日清戦争始まる。敦賀郡農会が成立する。
1895 28 気比神社官幣大社となる日清講和条約締結。日露通商航路条約調印。
1896 29 北陸線敦賀〜福井間営業運転開始。
1897 31 歩兵19連隊名古屋から金山に転営する。
1898 32 敦賀港開港場(外国貿易港)に指定される。
1901 34 敦賀〜牛荘間に年4回の定期航路が開設される。
1902 36 敦賀〜ウラジオストク間日本海命令航路開設される。
1904 37 日露戦争始まる。
1906 39 敦賀町立商業学校設立。
1906 40 敦賀商業会議所創立。
1908 41 敦賀町立手芸学校を敦賀町立女学校と改称する。
1908 42 市内電話開始
1920 43 義務教育を六年に延長。敦賀停車場現在地に移転する。

1912 大正元 東京〜敦賀間の国際列車運行開始。
1913 2 敦賀郡役所を津内に新築、移転する。
1914 3 第一次世界大戦はじまる。
1916 5 松原村縄間に輸入獣類検疫所が竣工。
1917 6 ロシア革命
1918 7 敦賀商業学校県立に移管、ロシア語部を本科として独立。福井市で米騒動。敦賀町でも騒動予防のため軍隊出動する。
1919 8 敦賀町立女学校が敦賀実科女学校となる。
1921 10 敦賀青年党が結成される。家屋税撤廃を要求して町民大会開催される。
1922 11 小浜線全線開通。
1923 12 敦賀町会、家屋税を廃止し戸数割税復活を決議。関東大震災。
1925 14 日ソ基本条約調印。普通選挙法可決


(戦前)
1926 元年 敦賀実科高等女学校を県立に移管、福井県立敦賀高等女学校となる。
1927 2 金融恐慌はじまる。名勝「気比ノ松原」として指定される。
1928 3 普通選挙法による最初の総選挙実施。笙の川改修工事はじまる。
1992 4 世界恐慌はじまる。
1930 5 松原村沓見で小作争議が起る。
1931 6 満州事変はじまる敦賀キネマで争議起る。
1931 7 上海事変はじまる。松原村経済更生指定村となる。
1933 8 国際連盟脱退大和田荘七が敦賀町新庁舎を寄付する。
1934 9 福井県が東洋紡敦賀工場の営業を許可する。
1935 10 国勢調査で敦賀町・松原村の人口が三万人を突破する。敦賀セメント株式会社設立。
1937 12 敦賀町と松原村が合併して市制が施行される。日中戦争はじまる。
1941 16 国民学校令公布。大政翼賛会敦賀支部が結成。太平洋戦争はじまる。
1945 20 アメリカ軍が敦賀湾に機雷敷設。敦賀空襲。敦賀二度の空襲。太平洋戦争終結アメリカ軍歩兵第136部隊敦賀に進駐する。


(戦後)
1946 21
新選挙法による衆議院議員総選挙(婦人参政権)。敦賀復興事務所開設。新憲法発布。農地改革に着
手。
1947 22 六三制義務教育実施、市長および県知事の公選実施。市議会議員および県議会議員選挙実施大和田荘七氏死去(享年90)
1948 23 県立敦賀高等学校創立。福井大震災。
1950 25 朝鮮戦争始まる。ジェーン台風のため被害続出。
1952 27 敦賀港の安全宣言。市憲章および市歌を決定。
1953 28 国道八号線竣工。
1954 29 敦賀市・隣接五ケ村議会で合併を決議。敦賀港が外国貿易港に指定される。
1955 30 新敦賀市誕生。
1956 31 旧市一二二町を四六町に整理統合する。日ソ国交回復
1957 32 初めてソ連材が敦賀港に入る。
1958 33 日ソ定期航路協定調印。
1959 34 NHK福井テレビ局開局。
1960 35 敦賀〜ウラジオストク間直通航路開設。
1962 37 北陸トンネル完成。敦賀〜福井間電化開通。
原子力発電所建設敷地立石・浦底・色地区に決定。
敦賀半島を若狭湾国定公園に編入。
1963 38 三八豪雪。
1964 39 敦賀市農業協同組合、敦賀市漁業協同組合発足。
1965 40 敦賀・水戸両市姉妹都市盟約締結する。
1970 45 日本原電敦賀発電所が営業運転開始。
大型フェリー「すずらん丸」就航。
1972 47 北陸トンネルで列車火災発生。罹災者救援対策本部摂設置する。
1973 48 PCB汚染で対策本部設置する。石油危機で物価高騰する。駅前商店街に大型店が進出する。
1974 49 国鉄湖西線が開通。新市庁舎竣工。
1975 50 市の人口六万人を突破。
1977 52 市の花と木を「はぎ」と「まつ」に決定。北陸自動車道敦賀〜武生間開通。
1978 53 初の国産発電用原子炉「ふげん」臨界。光化学スモッグ注意報発令。
1980 55 北陸自動車道敦賀〜米原間開通。
1981 56 五六豪雪。日本原子力発電敦賀発電所放射能漏洩事故発生。
1982 57 敦賀新港起工式。敦賀市・ナホトカ市姉妹都市盟約締結調印式。
1985 60 増殖炉「もんじゅ」建設工事開始。
1986 61 敦賀女子短期大学開校。敦賀気比高校開校。
1988  63  中郷古墳群が国の史跡に指定
以上敦賀市史「通史編」年譜より

成 
 1989  元年 昭和天皇崩御。元号「平成」が始まる。
嶺南ケーブルネットワークがケーブルテレビ放送開始。
1994 6 1994年 旧動力炉・核燃料開発事業団高速増殖炉「もんじゅ」初臨界(1995年初送電)。
1996 3月 国道8号敦賀バイパス田結 - 余座開通。これと同時に敦賀新港(鞠山埠頭)に接続
1999 11 7月 新日本海フェリー、敦賀 - 新潟 - 秋田 - 苫小牧航路就航
2003  15  JR西日本小浜線直流電化開業。
国道476号木ノ芽峠トンネルが完成。
2006 18  10月21日 敦賀駅までの直流電化に伴い、新快速電車を中心に直流電車が乗り入れ開始(直流電化開業)。
2009  21  3月 敦賀港線の貨物列車運行終了オフレールステーションとなり、事実上の廃線。
2011 23 3月11日の東北地方太平洋沖地震発生、東京電力福島第一原子力発電所事故発生
2012 24 北陸新幹線金沢〜敦賀間着工認可(2023年開通予定)。
2013 25 3月31日 学校法人敦賀学園敦賀短期大学閉学4月1日 敦賀市立看護大学開学
2014 26 7月20日 舞鶴若狭自動車道小浜-敦賀JCT開通。これにより舞鶴若狭道は全通
TOPに戻る
通 史 気比神宮  敦賀の神々 敦賀の村と浦 敦賀今昔  歴史年譜 原始・古代  縄文の時代  北の海っ道 
弥生の世界 敦賀の原像 渤海使 古代街道 鹿蒜道 木の芽古道 今 庄 深坂古道 七里半越え
黒河越え 中 世 中世の敦賀  南北朝争乱 国吉城  金ヶ崎退き口 刀根坂の戦い 越前一向一揆 賤ヶ岳の戦い
大谷吉継 近 世   北国の都 近世の文芸 敦賀の仏教 本州横断運河 水戸天狗党   近 代(戦前 明治維新
戦前敦賀港 敦賀の鉄道 人道の港 )近 代(戦後)  戦災と復興 戦後敦賀港 敦賀の電車 道路の近代化 原子力発電所
敦賀の未来 名勝・地史 気比の松原 中池見湿地