明治政府は近代国家建設を急いだ。敦賀への鉄道敷設にともなって、人馬の道から車両のための道路建設が始まった。しかし、敦賀を取り巻く山地を通る道路建設は、トンネル工事技術が未発達であった時期、困難を極めた。そして、戦後モータリゼーションの進展とともに、道路は拡大、整備され、高速道路によって高速交通ネットワークが構築されていった。交通の要地にある敦賀は新しい立ち位置を得つつある。
人馬の道から車両の道
江戸期幕藩体制における街道では、原則的に車両(荷車、馬車)の通行はできなかった。徒歩の通行人、荷馬、駕籠がほとんどであった。従って路面は軟弱で凹凸があり、車両の通行には適していなかった。幕末から明治初頭、荷車、馬車の通行ができるようになり、その車両数が急増したため、各地の道路改修が行われた。政府は国家事業として、道路行政の体系化に入った。(明治5年)道路を一等から三等に等級化して、それぞれの道幅、改修、開削の国庫負担、地方負担比率を決めた。敦賀郡においては疋田道と若狭道が一等道路として指定された。
 
  旧街道の改修  
海岸道路(敦賀街道)
江戸期までは木の芽峠越えの北陸道が主たる街道だったが、明治9年、海岸線を通る敦賀街道の開削、開設が進められた。当初、敦賀の町から永巌寺裏を経由して天筒山を越え、東浦の田結集落に出た。そこから杉津まで海岸に沿って道路が開かれた。右「江戸期古絵図」にも田結集落への道が記されている。

敦賀郷土博物館蔵「江戸期古絵図」
より作成
近江への道
近江への道は深坂越えと七里半越えの西近江街道が古代より通じていた。明治5年からの道路の体系化と、明治天皇巡幸に際して整備された。車道の必要性から、深坂越えの急峻さを避け、新道野越えの改修が行われ、併せて、車道も開設された。そのため、深坂越えはその役割を終えてやがて廃道となった。他に鉄道の開設に合わせて、刀根坂越えの刀根街道が整備された。

深坂越え(塩津山)
敦賀街道の開発(国道8号)  
明治17年、敦賀〜長浜(滋賀県)間の鉄道開通によって、越前、若狭の物資を鉄道輸送すべく敦賀への車両道路の開発が計画された。明治18年3月に石黒県令は総工費193,600円とする越前・若狭縦貫の新道計画を県会に提出.そのルートは武生-春日野峠-太良-杉津を経て敦賀に至り、敦賀から小浜へ通じるものであった.道路構造として幅員を3間(5.4m).当時の道路の幅員が1間〜2間であったことを鑑みれば,山間部および断崖部を通して3間を確保する工事は困難を極めた。  

春日野トンネル

旧8号線

手掘りの阿曽トンネル

 旧金ヶ崎トンネル
戦後モータリゼーション
  敦賀は太平戦争で市街地のほとんどを被災し、焼失した。昭和21年9月「特別都市計画法」が公布され、被災都市の敦賀もその対象となり、市街地の道路は一新した。戦後、福井市以外の他市町村より広く整備された道路になった。しかし、戦後のモータリゼーションの進展と市街地の拡大は道路の拡張、バイパス建設など余儀なくさせた。  
道路の拡張・別ルート・バイパス
『敦賀市戦災復興史』より作成 
戦前・戦後
昭和40年以降国道8号



27号バイパス




高速道路
昭和55年(1980)敦賀IC〜米原IC間が開通、次いで昭和63年(1988)北陸自動車道は、新潟県新潟市江南区の新潟中央JCTから滋賀県米原市の米原JCTまで全通した。そして、平成26年(2014)敦賀JCT開通により舞鶴若狭自動車道と接続した。これによって、敦賀は高速道路ネットワークに飲み込まれた。
滋賀県木之本IC〜福井県武生IC 北陸自動車道 木の芽産地越え 
木之本IC〜武生IC間は敦賀を取り巻く山岳を通過する。14本(このうち2,000m超は2本)、トンネルが連続する区間がある。特に冬季、吹雪による視界不良や降雪によるスリップなどの交通障害が多発している。そのため標識で「山岳ハイウェイ」との告知がされ、チェーン脱着場も多数設けてある。
敦賀IC付近
敦賀IC〜敦賀トンネル間は土地利用の関係で上下線全く別のルートを通っている。この区間は一部旧国鉄の北陸本線の廃線跡を使用しており、杉津PAの上り方面施設は杉津駅の廃駅跡に建てられている。
  舞鶴若狭自動車道  
接続高速道路
舞鶴若狭自動車道 敦賀笙の川橋
 

敦賀ジャンクション
○中国自動車道(吉川JCTで接続)


○北近畿豊岡自動車道
春日IC/JCTで接続)



○京都縦貫自動車道綾部JCTで接続)


◎北陸自動車道敦賀JCTで接続)
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