平安初期、天長7年(830)木の芽峠ルートが開発される以前、敦賀(古代松原駅)から南越前町今庄(古代鹿蒜駅)への古代道は鹿蒜道(かひるみち)であった。木の芽山地の嶺から嶺、鹿蒜道は敦賀市街〜樫曲〜越坂〜田尻〜五幡浜〜杉津浜〜山中峠〜敦賀郡鹿蒜郷新道(南越前町)〜今庄をたどった。また山地を辿る陸路のほかに、敦賀津から海路で五幡、杉津の浜に着き、山中峠を越えるルートも主に官人たちに利用された。古代、木の芽山地は「かへる山」と呼ばれ、古歌に多く詠まれている。鹿蒜道は「万葉の道」とも呼ばれる。
可蒜流廻(カヒルミ)の 道行かん日は 五幡の 坂に袖を振れ われおし思わば

『万葉集』大伴家持
ウツロギ峠越え
敦賀市街〜樫曲〜越坂〜ウツロギ峠〜五幡   
古代鹿蒜道は敦賀の古代松原駅から樫曲集落、樫曲集落の通称「なます坂」の古道から越坂(おっさか)集落に向かう。旧国鉄北陸線跡道路(国道476)に沿って高所に古道はある。

なます坂入口(樫曲)
古代の道の多くは山嶺を行く。この越坂からウツロギ峠へは山の嶺を行ったものと考えられるが、現在はその姿は残していない。越坂集落から再び廃線跡道路にもどり、、200mほど北上して田尻集落方向にむかい、、高速道路下を抜けてウツロギ峠に向かう。田尻集落から平坦な道路を進むと、まもなく舗装が途切れたところにウツロギ峠がある。
越坂集落口

五幡への下り道

五幡浜への入り口

ウツロギ(空木)峠

道端の地蔵

五幡浜
ウツロギ峠から五幡浜への下り坂は未舗装の道を下りる。この道は現在一般車両通行は禁止されている。この道は古代より海岸地域で生産された塩を運ぶ「塩の道」であり、北陸道沿道の集落と海岸地域を結ぶ生活道路であった。下り道を終えると一気に視野が広がり、敦賀湾に面した五幡の集落に着く。五幡の地名は聖武天皇の天平20年(748)敦賀の海に外敵が来襲した際、地内南西の山頂に五色の幡が翻ったことに由来
  五幡浜〜杉津〜元比田〜山中峠  
五幡浜から挙野、利椋(とくら)峠を経て杉津に至る。杉津は古来「水津」だったが、後世「杉」を充てた。「源平盛衰記」の白山神輿登山の事に「15日にかえるの道(鹿蒜道)16日には水津の浦」とある。また、京へ攻め上った木曽義仲軍の先陣も、ここを通過した事が記されている。また、織田信長は越前一向一揆討伐のとき、木下藤吉などに杉津から攻めさせた。現在では元比田から山中峠への道は跡を残していない。
杉津浜より山中峠を望む 
 
海の道
  うつろぎ峠を越えるルートとともに、敦賀津から杉津・元比田方面への海路も使われ、特に中央からの官人たちが多く利用した。   
  角鹿津にて船に乗れる時に笠朝臣金村の作る歌  

式内社 田結神社

田結集落入り口の記念碑

杉津浜 

の海の 角鹿の浜ゆ 大船に 真楫貫き下ろし 海路に出でて きつつ 我がぎ行けば 大夫の 手結が浦に 海人をとめ 塩焼く 草枕 旅にしあれば 独りして 見るしるし無み 海神の 手にかしたる 玉襷 懸けてひつ 大和島根を(万3-366)
反歌
の海の手結(田結)が浦を旅にして見ればしみ大和偲ひつ(万3-367)
【通釈】[長歌] 越の海の角鹿の浜から、大きな船に、真楫を突き通して、海路に出て、喘ぎながら、我々が漕いでゆくと、手結が浦に、海人の娘たちの塩を焼く煙、旅の途上であるので、その煙を独りで見る甲斐がないので、海の神が手に巻いておられる玉襷ではないが、心に懸けて恋い慕ったことであるよ、大和の陸地を。
[反歌] 越の海の手結の浦を旅の途上にあって見ると、羨ましくて、故郷の大和の家を恋い慕うのだった


杉津より元比田まで海岸線を辿り山中峠へ
 山中越え
現在敦賀側からの山中峠へのアプローチは、現在では不可能である。今庄側からは鹿蒜川に沿う旧北陸線廃線跡道路を敦賀方面に進む。敦賀と南越前町を分ける山中隧道の手前200mで、県道山中〜大谷線に進む。県道を500mほど入ると、古道への案内板がある。しばらく小川沿いに登る。次第に道は荒れてくる。杉木立、竹林の間を行く。やがて峠に着く。

山中隧道(今庄側)直前から「ふるさと林道中山〜大谷線」途中300mほどで案内板




山中峠案内板
県道207号脇(山中隧道手前)


山中峠

鹿蒜川(南越前町今庄) 

新道集落(南越前町今庄)
右鹿蒜道 左北陸道
 

県道脇から入口

峠付近

峠の地蔵さん



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